「せっかく咲いたのに花びらが落ちてしまうね」
灰色の空を見上げ、Pさんがつぶやいた。
傘を差していても、そぼ降る雨が僕たちの肩を濡らす。
「桜の時期に降る雨をね、『花散らしの雨』と言うんだよ」と僕。
花散らしの雨。
花冷え。
花曇り。
桜をこよなく愛する日本ならではの美しい言葉たちだ。
僕がそれぞれの意味を説明すると、彼女は「私の国にも同じような表現があるわ」と言った。
「『季節が花に嫉妬している』というの」
花があまりに美しすぎるから、季節がちょっと意地悪をして雨を降らせているということらしい。
なんと艶っぽい表現なのだろうか。
Pさんは韓国からの留学生。
やはりお隣の国だけあって、この時期は日本と同じように雨や曇りがちな天候だったり、冷え込んだりするそうだ。
「でも、韓国で春の花と言えば、桜ではなくてレンギョウなのだけれどね」
彼女はそう付け足した。
Pさんの話を聞きながら、僕の心は厚い雲をつき抜け、遥か上空から俯瞰していた。
大陸のはずれにある小さな半島と、海を隔てた小さな列島に雨が降っている。
半島の人は鮮やかな黄色の花を見やり、続いて空を見上げる。
そして季節の神様の気まぐれな仕打ちを嘆く。
列島の人は空を見上げ、続いて薄紅の花を心配そうに眺める。
移ろう季節は無情で、決して抗えないことをわきまえているからこそ、散りゆく命を惜しむ。
視点や思いは違っても、どちらも同じ春の雨。
Pさんはもう何年も前に故郷へ帰り、連絡も途絶えてしまったけれど、この季節になると僕はいつも、2人で歩いた灰色の空を思い出す。
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