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相良藩の親戚

2011年10月31日 (月)
 
今日は実家のある益城町に父方の親戚がご夫婦で遊びに来ました
私はお会いするのは子供の頃以来なので、ほとんど「初めまして」状態

苗字が「相良」さんなので、「相良藩と関係があるのですか?」と尋ねると、「本当は鹿児島の伊集院だけど、島津家に逆らって追い出され、同じ相良の人吉に逃げて来たんだよ」と、仰いました

相良村を何度か通ったことがあり、素朴な田園風景にとても癒されたお話をすると、【平家物語】の一節を出して、相良藩にまつわるお話をしてくださいました

「堕ち行く先は九州相良」

かつて、病気になった人が目指す場所が九州相良だったそうで、「相良に行けば、地域の方に良くしていただける」と、言われていたそう
【療養の地】だった、と言うことではないでしょうか?

昨日は熊本県庁大会議室で行われた、加藤・細川の文化についてのシンポジウムを聴きに行きました
蒲島県知事もご挨拶をされ、二人の細川氏に学んだエピソードをご披露され、【故きを温ねて新しきを知る】ことの大切さをお話し下さいました

早速実践出来たかな・・・

熊本にはなぜ人工透析患者が多いのか、と言うことをmixiで知り合った同世代の透析仲間と話し合ったことがあり、【肥後もっこす】と言う県民性にあるのではないか、との結論に行きついた

昨日の加藤・細川家のシンポジウムで講演された【武士の家計簿】の磯田道史教授は、「肥後もっこすとは、頑固ではなく、【律義】だと思う」と、独自の解釈を仰った

律義であろうとするがために、己を貫かざるを得なかったりして、苦しかったりするので、妙に納得しました