アーカイブ

空へ届け

2005年8月20日 (土)
 
今日の日記は、何だか暗いような悲しいような日記になっちゃいそうです。
今日、8月20日は私のかけがえのない人の誕生日です。生きていれば、早生まれの私より1つ年上になっていたはずの21歳。今まで早かったような長かったような、そんな日々でした。
彼と出会ったのは中学1年生の時でした。
私はその頃2歳から行っていたアメリカから戻って1年ちょっと。父と母の離婚、日本というアメリカとは全く違う環境に何とか、何とかついて行こうと必死な時でした。日本語の会話は平気だったものの、アメリカでは日本語など全く使わない状況だったため、初めのうちは1日中日本語で会話することに戸惑っていました。
母は1日中働き、学校から帰っても兄と2人で午後8時までは留守番。とても寂しかったです。そんななかでの中学生活の開始は私にとって大きな負担でした。家では必死になって疲れ果て、暗い母を笑わせていた私は精神的に不安定でした。急に笑ったかと思えば、次の瞬間大泣きしたり。眠って夢の中で英語で会話しているのに、何故日本にいるのか。そう思っていました。
しまいには自傷行為をしなくては眠れなくなったり、耳栓をしなくては眠れないほどの不眠症になったりしました。そんな時彼と中学校1年で、同じクラスになったんです。彼はとても優しくて誰からも好かれていました。私はクラスで無理して明るく振舞っていたので、周りからは「悩みのない子」と見られていたようです。そんなこんなで仲良くなり、親友になり。。
学校から帰って一緒に遊んだり、話したり、少しずつ私も癒されていきました。時々私の情緒が不安定な時も、何も言わずに側にいてくれる人でした。中学2年になり、クラスが離れると私は寂しくて寂しくて彼のクラスまで出かけていきました。当然ひやかしもあったけど、それがもとで付き合うことになりました。今思うと、かなりマセガキ(笑)。彼は学年1モテル人で、付き合ってからは女の子達に随分酷いこともされたけど、でも大好きでした。でも、中2の付き合いなんかしれていて、いつもするのはバスケットとか鬼ごっことかで、付き合う前と何の変わりもなく、親友のままの付き合いでした。この人以上、好きな人は出来ないだろうなと思っていました。高校進学は別になったけれど、休みの日も、平日も家族ぐるみで付き合っていました。丸ごと私を包んでくれる人だったんです。この幸せはずっとずっと続くんだと勝手に思い込んでいました。
2000年クリスマスの1週間前、2人でクリスマスは遊ぼうね!って約束をしていたのに、この日彼から「用事でダメになっちゃった」という電話でキャンセルとなりました。「イブはダメだけど、25日には会おうね」と言う彼の言葉があったのに、わたしは冷たい言葉を返してしまって。「25日待ち合わせ場所で待ってるから」と言う彼の言葉に「行かない!」と拗ねて返したのです。そして当日も約束の時間に、私は行きませんでした。電話がなって、彼が笑いながら「今から行くよ。俺、ひなに渡したい物あるし♪」と伝えてきて、これが彼と交わした最期の会話となってしまいました。なかなか来ない彼。待ち合わせ場所から15分あれば来られるのに・・。そして1時間経った頃、電話で彼が事故にあったことを知りました。私の家へ来る途中、信号無視の車に撥ねられたそうです。そこからの記憶はないんです。あの時、私が待ち合わせに行っていれば彼は死ななかったのでしょうか。私があの時。。がずっと頭にありました。後悔しても後悔しても消えません。あれほど私を包んでくれたのに、あれほど私を受け入れて愛してくれたのに、もう居ないなんて。

あれから4年と8ヶ月。
彼が私の頭の中から消えた日はありません。あれから色々なことが変わってしまって、私は20歳になりました。親は私の顔を見て、「ヒナが心から笑ってるのを健太君が亡くなってから見ていないね」と言います。彼のことを知らない今の学校の友達は「ヒナって笑ってても、何か表情に悲しさって言うか悲哀がにじんでるよね~」といいます。私、普通にしてるつもりなのになぁ。。。。
今日は彼の誕生日。彼の家族と彼の双子のお兄さんとお墓参りに行きました。彼とお兄さんは一卵性の双子です。昔から何もかもがソックリでした。今でもお兄さんと私は親友なんです。でも、双子のお兄さんを見て、あぁ彼もこうなっていたのだろうかと思ってしまう私。
もう受け入れてるじゃん、と思いました。年月がたつほど私の側から離れて行ってしまう気がして、やりきれません。4年半の間に告白されてもずっと断ってきました。彼以外は考えられない、そう思っていました。でも、忘れそうな自分も居て。双子のお兄さんを見ても、彼じゃないことは心がちゃんと理解していて。そんな自分が悲しくて。どうしていいのか分かりません。
今日、お墓の前でお兄さんからあるものを渡されました。

あの時の、プレゼント。。。

彼が私に渡すはずだったもの。「もう、いいんじゃない?」そう言って渡されました。彼のお母さんを見ると、頷きながら微笑んでいました。開けたら、もう全てが解き明かされるような、もう彼とわしを結びつけるものが消えてしまう気がして。。
そのまま小さな箱を持ったまま立っていました。すると彼のお兄さんが来て、「健太、それをあけて欲しいと思うよ。ヒナが喜ぶと思って買ったものだと思うから。ヒナに渡したくて、自転車をこいだんだよ?ね?ヒナが見るの、4年も待ってる。」と。震える手でそっと開けました。
そこにあったのは

    指輪と手紙
手紙をそっと開けると、ずっとずっと求めていた健太の香りがして、ヒナへ、の文字に涙が溢れてきました。一生懸命書いてくれたのでしょう。

ヒナへ
メリークリスマス!一緒に過ごす3年目のクリスマスだね。何かこんな手紙書いて、すっげー照れるけど書くね。俺、この3年ヒナといれて本当に嬉しいです。たまに喧嘩もあったけど、やっぱりそれも必要だったんじゃないかって思う。ヒナは中学のころから何となく寂しそうで、笑ってても悲しそうだったよね。アメリカから帰って来て本当に辛いことが多かったんだと思う。今もたまに悲しそうにしてることがあるけど、俺はやっぱりヒナの笑ってる顔が好きだよ。これからもずっと笑ってるヒナが見たいです。先のことはわかんないけど、来年のクリスマスもその先のクリスマスも、ずっとヒナと一緒にいられたらと思います。プレゼントは安物だけど、つけてください。離れてても俺はヒナの側にいるから。俺が側にいないときも元気に笑ってるヒナでいてね。俺はどこにいてもヒナが好きです。それは忘れないで。
健太より

これを読み終わったとき、涙が溢れてどうしようもありませんでした。そして彼はずっと私の側にいたのだということが分かったんです。彼がいなくなって、でもこの手紙を読んでこんなにも彼の愛情を感じられること。それは彼が消えてしまったというわけではないこと。いつも私の側にいたということに私が気付いていなかったんだと。彼のことを忘れてしまうこと、幸せになったら彼に申し訳ないと思うこと、私が彼を殺してしまったんじゃないかということ、それは全部自分も彼も縛っていたのかもしれません。アッと言う間の4年。そしてもうすぐ5年になります。
康太(彼の双子のお兄さん)に告白された私。彼とダブっても構わないと言ってくれた康太。でも、そんなことはないと感じています。彼は彼だった。今も大好きな彼は彼でしかありません。彼への想いは想いのままに、でも熱は少し失っただけ。
告白に関して彼は何ていうのだろう。考えてみたけど、答えはちゃんと彼の言葉として私の中に浮かんできました。
この前TVでスピリチュアルカウンセラーの江原さんが言ってた事。
「生前、本当に愛していた人なら、亡くなってしまった後でも自分に何て言うか分かるはずです」。本当にその通り。

指輪をはめて、もう随分涼しくなってしまった空に向かって。彼に届いていると信じて心の中で思いっきり想いを叫びました。

彼が居ないと思ってた、あっと言う間の4年と8ヶ月。あと4年と8ヵ月後には私はどんな風になっているんだろう。でも、これからの4年と8ヶ月はそばにいつでも彼を感じて過ごすことができる気がします。