またまた地味~な日記なので、じゃんじゃん読み逃げしてくださいね(笑)
新幹線の0系が、11月に引退してしまいます(悲)
ちょっと早いのですが、最後に乗ってみようということになり、とりあえず姫路まで新幹線で行って、そこから赤穂へと向かいました。
←この子です^^ おっとりしているので、スピードが求められる東京方面のお仕事はとっくに引退しています。
走る姿が見られなくなるのは残念です。
←播州赤穂の駅前にて。
赤穂と言えば、お塩と忠臣蔵~。
采配を振り上げた大石内蔵助さんがお出迎えしてくれます。
←駅から5分くらい歩くと、『息継ぎの井戸』というのがありました。
刃傷事件の第一報を知らせに、江戸から4日半かけて(早カゴで)やってきた早水藤左衛門・萱野三平の二人が、赤穂城に着く前にこの井戸で一息ついたそうです。
井戸には今も水がありましたが、今は飲めないみたいですね~。
井戸に近づくと、突然アナウンスが流れてきてビックリ!!
危うく井戸にデジカメ落とすところでした^^;
←赤穂城の外堀~。
お城(天守閣など)は何も残ってないようですね~。
この門をくぐって大石神社へ向かいます。
←大石内蔵助邸の跡地に大石神社があります。 しっとりと落ち着いた庭園はそのまま残されていました。
平和な頃は、ここで家族とのんびり過ごしたりしたのかな~?
←庭園の一角に植えられた松。
『良雄お手植えの松』と書いてありますが、良雄さんとは内蔵助のことです。
←このお庭には、樹齢300年を超えるクスノキもありました。 奥に見えるのがそうです。
←大石神社の本殿。
主君の仇討ちという大願を成就させたので、大願成就と・・・
3男2女に恵まれた内蔵助にあやかって、安産や子宝に恵まれるということでした。
敷地内にある宝物殿には、討ち入りの時に使われた本物の采配なども展示されていて、けっこう楽しめました。
~ちなみに、内蔵助が45歳、息子の主税が16歳で切腹。それを影でそっと見送った、内蔵助の妻、りくさんは35歳でした。~