愛情・工夫・真心をこめて、料理を作りたいと思っています。しかし、工夫の度合いを過 ...

被災地の現状

2011年4月9日 (土)

被災地からの、生の声を載せさせていただきます。

メディアに載らない、現実があります。

復興支援は、まだまだ続きます。
心に留めて頂けたら幸いです。


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新年度がスタートした。
職場は壊滅的被害を受けたので別の学校の離れの一室に移った。高校名ののぼりを一本立てて、まさに陣地。かろうじてアイデンティティを保つ。

3週間たって、被害のなかった地区はほぼ通常に戻ってしまった。確かに日本らしい驚異的復旧力である。数時間で新たな電柱を一気に立てて電線をはり、集落の電気が復旧していく。閉店していた店は、数日前からおそるおそる開店していたが、今は一斉に通常営業。しかしそんな地区に暮らす人も仕事等様々な面での影響は計り知れず、他人に手助けするほどの物も金も気持ちもゆとりはない。自宅はあってもみんな自分のことで精一杯。やはり全体が被災地である。でもまだ日本なのだ。

ほんの数キロの差で、被災地と被災しなかった地区の差が際だってきた。避難所生活の人々は、復興・復旧を語る段階にはまだなく、家も車も家族も財産・思い出も、すべてを失った。毎日遺体安置所を100キロかけて巡回する。遺体が判明すれば、他県まで連れて行って火葬(付添1名のみ)する。通夜も葬儀もしてやれない。余震や津波におびえながらがれきの街を歩き、大切な人や自分の車・思い出の品を探す。地域の男性は消防団員だから日中は捜索活動などの毎日。女性は炊き出しなどだけで一日が終わる。豚汁とカレーの繰り返しなど、メニューも偏り、栄養面でも心配と聞く。男女問わずスナック菓子の消費が多いという。盗難におびえ、夜間の警戒当番もある。生物的に「生きる」ことだけで精一杯である。
こちらは、まったく、別の国である。

支援物資のニーズがマッチしないこともある。高校宛に、防寒具が昨日一昨日とたくさん届いた。気仙は梅の花が咲いている。防寒に困ったのは初日から数日間。その間に調達した物資で寒さについては何とかしている。また、地域の人口構成的に子供は少ないのに、子供服や乳児おむつの支援は多く、届きすぎて余っている避難所がある。うちの1歳の子も困ったのはやはり最初の数日だった。ママ友の多くはすでに内陸や都市へ避難した。
しかし二週間前の情報しかなければ、すぐに届ける仕組みがなければ、こんなことになる。

一部地区で、そろそろ固定電話が復旧するようで、ネットなどでリアルタイムなつながりが可能となるでしょう。ただ、現地の人は被災者です。自分が何がほしいのかさえ、立ち止まって考える時間も意識もありません。やはり、外部から、冷静な視点で、支援をコーディネートできる存在が必要だと思います。
私たちに「日本の国民だから大丈夫だ」という安心を与えてください。



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