9歳女児と6歳男児の母です。                  みなさんの美味し ...

明日を迎えるにあたり

2012年3月10日 (土)
あの大震災から1年が経ちますね。

私が住むところは大きな被害はなかったものの、
不気味なほど長く揺れたあの地震は今でも忘れられません。

ですが実際に被害に遭われた方々は想像を絶するほどの恐怖を感じたことでしょう。

それを思うとここで簡単に文章を綴って良いのかためらいましたが一年という節目を機に、亡くなられた方々へご冥福をお祈りさせていただきます。

さて、私の話で恐縮ですが実は先月の5日、母が亡くなりました。
長い入院生活で食欲が落ち、歩けないほど体力がなくなっていたため
リハビリができる病院へ転院したところ
その日の晩に急に容体が急変し、その5日後に旅立ってしまいました。

転院したその日の夜に意識がなくなってしまったものの、
実は次の日に意識が回復したのです。
とても安堵しました。
私の子供たちのお見舞いにも「よく来たね」と喜び、
帰り際には「またね」と言って握手を交わしました。
でもその日の夕方にまた急変してしまうことに。

ほんの数時間でしたけど、意識が回復したその時間は神様のプレゼントだったのかもしれません。

母の意識が戻らない間、夜間も兄とずっと泊まり込みで看病していたのですが
泊り込んで4日目の朝、私は喉の痛みとだるさで診察したところ「インフルエンザB型」と言われました。

もうパニックだったぁ。。。
「母がICUにいるんです!」と言ったもののお医者さんには
「気持ちはよくわかるけど理屈は分かるよね?」と諭され
母がいる病室に戻れないまま自宅に帰りました。

ものすごく悔しかった。。。

その翌日の早朝、母は兄夫婦と私の旦那に見守られながら静かに旅立ちました。
私は旦那から電話で知らせを聞き、数時間後に母が安置されている場所にようやく会いに行けました。
3時間くらいたっているのにまだ温かかった母。
最後の最後まで母のぬくもりを残しておいてくれたんだと思います。

その後、兄の計らいで私の回復を待ち三日後に母の葬儀をし、少し早いのですが明日納骨を行ないます。

実は3年前の2月に父が亡くなったのですが、一人で向こうにいるのが淋しかったのかもしれません。
だから2月に迎えに来たのかな~なんて勝手に思ったりしてるんですが。

そんな淋しがり屋の父が眠るお墓に母は再度「嫁ぐ」ことになりました。
「結婚式」ならぬ、「結骨(婚)式」とでも言うのでしょうか。
(そんなにうまくない?)

今でも私自身、もっとやれたのではないか、もっとこうすれば良かったのではないかと自分を責めずにはいられません。
でも父と母がまた一緒になれることを喜びと感じるように気持ちを切り替えていきたいと思っています。


今まで応援してくれた仲良しメンバーさんたち、また地元で仲良くしてくれているお友達、本当にありがとう。
そしてこのような形での報告になってしまってごめんなさい。

たくさん励まされ、元気をもらい、頑張ってこれたのは皆さんのおかげです。

これからはしっかりと前を向いて頑張っていきますね。

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